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江の島は晴天
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2019.2.27野口郁夫氏、松田真人氏と会食
2019.2.27野口郁夫氏、松田真人氏と会食 野口郁夫氏、松田正敏と三人で会食することができました。 25年ほど昔のことなのに、鮮明に思い出すことができました。  当時からいつか会社を背負ってくれる人材と思っていましたが、見事に開花してくれました。 どうかこれからもご活躍を祈ってます。 ありがとう。 ...続きを見る

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2019/02/28 13:03
2019.2.27帝釈天
2019.2.27帝釈天 上野から京成電鉄にのり、高砂駅で金町線の乗換、一つ目柴又駅でおりる。 すぐに、寅さんとさくらちゃんの銅像が迎えてくれる。 参道は冗長たっぷり、うなき屋さんもおいしそう。 ...続きを見る

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2019/02/28 12:35
2019.2.27千手観世音せんじゅかんぜおん
2019.2.27千手観世音せんじゅかんぜおん 久し振りに上野西郷さんの銅像をおとずれました。何年ぶりでしょう。 桜はまだまだです。 直ぐとなりの千手観世音も訪れ、ご朱印をいただきました。 ...続きを見る

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2019/02/28 12:03
2019.2.21 神田大明神
2019.2.21 神田大明神 社伝によれば、天平2年(730年)、武蔵国豊島郡芝崎村に入植した出雲系の氏族が、大己貴命を祖神として祀ったのに始まる[2]。神田はもと伊勢神宮の御田(おみた=神田)があった土地で、神田の鎮めのために創建され、神田ノ宮と称した。 承平5年(935年)に平将門の乱を起こして敗死した平将門の首が京から持ち去られて当社の近くに葬られ、将門の首塚は東国(関東地方)の平氏武将の崇敬を受けた。嘉元年間(14世紀初頭)に疫病が流行し、これが将門の祟りであるとして供養が行われ、延慶2年... ...続きを見る

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2019/02/23 11:46
2019.2.21 東京大神宮
2019.2.21 東京大神宮  江戸時代、伊勢神宮への参拝は人々の生涯かけての願いでした。明治の新国家が誕生すると、明治天皇のご裁断を仰ぎ、東京における伊勢神宮の遥拝殿として明治13年に創建された当社は、最初日比谷の地に鎮座していたことから、世に「日比谷大神宮」と称されていました。関東大震災後の昭和3年に現在地に移ってからは「飯田橋大神宮」と呼ばれ、戦後は社名を「東京大神宮」と改め今日に至っております。  現在広く行われている神前結婚式は、当社の創始によるものであり、今も神前において伝統的な結婚の... ...続きを見る

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2019/02/23 11:33
2019.2.11宇野澤さんの葬儀(2019.2.1ご逝去) 3/10追記あり
2019.2.11宇野澤さんの葬儀(2019.2.1ご逝去) 3/10追記あり 宇野澤定さんは、2月1日突然お亡くなりになり、11日葬儀が行われました、 真に残念な仲間を失いました。 昨年11月一緒に、一本杉会の幹事を務め、12月にはシンガポールから来た森さんと会食、あんなに元気で、 これからも何度も会うことになっていたのに、未だに信じられません。  入社以来沢山の思い出を残してくれました。 ここには掲載しませんが、胸に秘めておきたいと思います。 宇野澤さん ありがとう。 ご冥福をお祈り申し上げます。 ...続きを見る

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2019/02/12 14:10
2019.1.30 大船観音
2019.1.30 大船観音 1979.1.4 親族皆でお参りした時の写真。懐かしいなぁ~ ...続きを見る

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2019/02/08 11:52
2019.1.30 明月院
2019.1.30 明月院 由来 明月院は、臨済宗建長寺派に属する寺。首藤刑部太夫・山ノ内経俊が永暦元年(1160)に平治の乱で、戦死した父・首藤刑部大輔・俊道の菩提供養として、明月院の前身の明月庵を創建。その後、康元元年(1256)、鎌倉幕府五代執権・北条時頼が執権を北条長時に譲って、この地に最明寺が建立し、出家生活をここでおくったが37歳で死去。後に時頼の子・八代執権・北条時宗が最明寺を前身に、蘭渓道隆を開山に禅興寺を創建した。康暦二年(1380)、足利氏満から禅興寺中興の命を受け、関東官領・上杉憲方は寺院を... ...続きを見る

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2019/02/08 11:30
2019.1.30 東慶寺
2019.1.30 東慶寺 鎌倉時代[編集] 伊豆韮山にある旧東慶寺梵鐘の銘文東慶寺に残る過去帳等によれば「開山潮音院覚山志道和尚」とある[1]。覚山尼は安達義景の娘で、鎌倉幕府の第8代執権・北条時宗の夫人である。 1284年(弘安7年)4月、北条時宗の臨終の間際、無学祖元を導師として夫婦揃って落髪(出家)し、覚山志道大姉と安名し[2][3]。そして翌1285年(弘安8年)に第9代執権・北条貞時を開基、覚山尼を開山として当寺は建立されたと伝える[4]。 ...続きを見る

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2019/02/08 11:06
浮世絵(1)
浮世絵(1) 歌川広重 東海道五十三次 藤沢 人々を生き生きと表示されています。 ...続きを見る

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2019/02/06 16:11
2019.1.30 建長寺
2019.1.30 建長寺 創建[編集] 建長寺は鎌倉幕府第5代執権・北条時頼によって創建された禅宗寺院で、建長5年(1253年)に落慶供養が営まれている。開山(初代住職)は南宋からの渡来僧・蘭渓道隆(大覚禅師)であった。当時の日本は、承久の乱(1221年)を経て北条氏の権力基盤が安定していた。京都にある朝廷の全国支配力は弱まり、政治的には鎌倉が事実上、日本の首府となっていた時代であった。北条時頼は熱心な仏教信者であり、禅宗に深く帰依していた。 創建の時期については、鎌... ...続きを見る

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2019/02/06 12:01
2019.1.30 浄智寺(鎌倉七福神)
2019.1.30 浄智寺(鎌倉七福神) 鎌倉七福神のひとつ、浄智寺を訪れました。 「寶所在近」の文字が掲げられた惣門。その前の池には苔むした石の反橋がかかり、その脇に鎌倉十井のひとつ「甘露ノ井」があります。 ...続きを見る

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2019/02/01 09:27
2019.1.30 北鎌倉円覚寺
2019.1.30 北鎌倉円覚寺 北鎌倉円覚寺を訪れてみました。 北鎌倉駅を降りると一番近いお寺です。 ...続きを見る

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2019/01/31 11:57
2019.1.6 靖之たちがきました。
2019.1.6 靖之たちがきました。 ...続きを見る

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2019/01/31 11:29
2019.1.5 初詣皇大神宮
2019.1.5 初詣皇大神宮 今年の初詣は、皇大神宮に行きました。 1月5日ともなると少し寂しい雰囲気、空いていました。 ...続きを見る

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2019/01/31 11:26
2019.1.2〜3箱根駅伝
2019.1.2〜3箱根駅伝 今年も箱根駅伝を見ました。 自宅から300mほどのところを駆け抜けてゆきました。 ...続きを見る

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2019/01/07 17:17
2018.12.14森さん、シンカポールより来日
2018.12.14森さん、シンカポールより来日 左から、森さん、私、宇野澤さん ...続きを見る

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2018/12/16 16:17
伸子さん逝く(2018.12.2)
伸子さん逝く(2018.12.2) 古沢(旧姓 小林さん)伸子さん、12月2日 ご逝去されました。 「ちゃん」付けで呼んでいた数少ない大親友を亡くした気持ちです。 伸子ちゃんは小学校5年生からですが、いつもお姉さんでした。  私の友人達からも「伸子ちゃんが好き」の声を沢山聞いたものです。 中学3年のとき、「東高行かない?」と聞いたたら「西高受ける」と言われがっかりしたのをよく覚えています。 でも西高の制服よく似合っていました。 ...続きを見る

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2018/12/12 10:23
2018.11.28川越成田山
2018.11.28川越成田山 ...続きを見る

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2018/11/30 15:14
2018.11.28川越蓮聲寺(れんけいじ)
2018.11.28川越蓮聲寺(れんけいじ) 川越城主の母、蓮馨大姉が、安らぎの場を民衆にもたらすべく建てた寺で、以後、庶民の寺として親しまれてきた。 1602年には、浄土宗の関東十八檀林(だんりん)(増上寺を頂点とする幕府公認の学問所)のひとつとなり、高い地位が与えられ、葵の家紋が許された。また、かつて境内にあった浴場を「八つ(午後3時)の鐘」を合図に庶民に解放していたが、その鐘は「元禄時代の梵鐘」として今も時を告げている。参道にある水舎の欄間に彫られた唐獅子は当時の芸術文化を偲ばせる。 ...続きを見る

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2018/11/30 15:02
2018.11.28川越氷川神社
2018.11.28川越氷川神社 川越氷川神社は今から約千五百年前、古墳時代の欽明天皇二年に創建されたと伝えれらています。室町時代の長禄元(1457)年、太田道真・道灌父子によって川越城が築城されて以来、城下の守護神・藩領の総鎮守として歴代城主により篤く崇敬されました。 江戸時代に入ってのちも歴代の川越藩主より社殿の造営や特別の計らいを受けました。現在の本殿には緻密な彫刻が施されており、県の重要文化財となっています。 また、昔より縁結びの神様としての信仰を集め、人々のご縁を取り持ってまいりましたのは、お祀りしている五柱の... ...続きを見る

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2018/11/30 14:47
2018.11.16一本杉懇親会
2018.11.16一本杉懇親会 2018年11月16日一本杉懇親会は、二子玉川中華料理屋にて開催。 集まったのは15名と少なくなってしまいましたが、集まった方々は元気でした。 ...続きを見る

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2018/11/30 14:37
2018-10-17赤坂日枝神社
2018-10-17赤坂日枝神社 御祭神 大山咋神(おおやまくいのかみ) 相殿に鎮まります神々 国常立神(くにのとこたちのかみ) 伊弉冉神(いざなみのかみ) 足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと) 「古事記」に『大山咋神(おおやまくひのかみ)。 又の名は山末之大主神(やますゑのおほぬしのかみ)。 この神は近淡海国(ちかつあふみのくに)の日枝山に坐す。 また葛野(かづぬ)の松尾(まつのを)に坐す。 鳴鏑(なりかぶら)になりませる神なり』とあるように、近江国(今の滋賀県)の日枝山(比叡山)に鎮まりました... ...続きを見る

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2018/10/26 18:07
2018-10-17 赤坂氷川神社
2018-10-17 赤坂氷川神社 都心に位置する赤坂 氷川神社は緑豊かな都会のオアシスのような神社。 神社独自の「御櫛預けの儀」は女性の分身とも言われる櫛を、ご新婦からご新郎へ預けることで、新しい生活を二人三脚で営む誓いを立てる神聖な儀式。 お二人、参列者の心にいつまでも刻まれる本格神前挙式は毎日開催しているサロンのフェアでスタッフへ質問して! 近隣の料亭とも提携し、挙式後の会食・ご披露宴もスムーズに手配が可能。 挙式だけではなくご披露宴もトータルでスタッフに相談出来るのも心強い。 ...続きを見る

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2018/10/26 18:00
2018.10.17 乃木神社
2018.10.17 乃木神社 乃木神社(のぎじんじゃ)は、明治時代に活躍した軍人であり明治天皇の崩御の際に殉死した乃木希典を祀った神社。日本国内に複数の乃木神社がある。乃木の出身地の下関市や別邸のあった那須塩原市など、乃木ゆかりの地に多い。 乃木神社のある栃木県内に同じ読みの野木神社があるが、由来は全く異なる(野木神社は伝承によれば4世紀ごろ創立)。ただし、乃木希典は自身の姓と読みの同じ野木神社を特別な神社だと考え、数回参拝したほか奉納も行っているので、全く無関係というわけでもない。 乃木神社(栃木県那須塩原... ...続きを見る

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2018/10/26 17:45
2018.10.3了義寺
2018.10.3了義寺 ...続きを見る

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2018/10/12 10:20
2018.9.18箱根駒形神社
2018.9.18箱根駒形神社 駒形神社 由緒  駒ヶ岳を仰ぎ見る芦ノ湖南岸に鎮座する駒形神社は、駒ヶ岳の地主神 駒形大神を祀る古社であります。古くは「駒形権現(こまがたごんげん)」「荒湯駒形権現(あらゆこまがたごんげん)」と呼ばれ、その淵源は遙か悠久の昔、駒ヶ岳の山岳信仰に遡ると云われ、関東総鎮守として武門の崇敬を集めた箱根神社の社外の末社として尊崇されてきた町内の鎮守様。地元の住民には、古くから「駒形さん」と親しまれています。 境内には駒形神社のほか、「箱根七福神 毘沙門天社」「蓑笠明神社」「犬塚明神社」が鎮座... ...続きを見る

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2018/09/21 16:26
2018.9.18五所神社(湯河原)
2018.9.18五所神社(湯河原) 【御由緒】 社伝によれば、今から千三百年前天智天皇の御代、加賀の住人二見加賀之助重行らの手によってこの地方が開拓されたとき土肥郷(吉浜、鍛冶屋、門川、堀ノ内、宮上、宮下)の総鎮守として、天照大神以下五柱の神霊が鎮座されたと伝えられている。  康平三年(1060年)源義家 奥羽征討の際、社家荒井刑部実継神霊の加護により軍功をたて、治承四年(1180年)八月源頼朝伊豆より挙兵の時、この地方の豪族土肥次郎実平は一族と共にこれを助けて頼朝の軍を土肥の館に導き、石橋山合戦進発の前夜は社前におい... ...続きを見る

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2018/09/21 16:18
2018.9.8浅草寺
2018.9.8浅草寺 2018.9.8 浅草、浅草寺 ...続きを見る

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2018/09/13 14:54
2018.6.26 来宮神社
2018.6.26 来宮神社  平安初期の征夷大将軍坂上田村麻呂公は戦の勝利を神前で祈願し、各地に御分霊を祀ったとも伝えられ、現在では全国四十四社のキノミヤジンジャの総社として、信仰を集めております。  御祭神五十猛命は熱海に鎮座される際、地元民と入来たる旅人を守護しようと神託をつげられたことから、伊豆に来る旅行者が多く参拝されます。  国指定天然記念物に選定されております来宮神社のご神木「大楠」は樹齢2千年を超え、平成4年度の環境省の調査で、全国2位の巨樹の認定を受けており、幹周り約24米の迫力... ...続きを見る

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2018/06/29 11:11
2018.6.26 伊豆山神社
2018.6.26 伊豆山神社 熱海市伊豆山708番地1。 熱海駅の東北約1.5キロ。 本殿は、相模灘を望一望に望む、海抜170メートルほどの地点にあります。 境内は歌枕に名高い伊豆の御山、こごいの森の一部で、約40000坪の広さがあります。この場所は、かつて上宮と呼ばれていました。山道の階段を下って海抜50メートル弱の地点には下宮の跡地があり、さらに伊豆浜に下ると走り湯があります。また、海抜380メートルほどの山中に本宮があります。 伊豆の御山は、日金山や岩戸山に連なり、伊豆・相模・駿河の三国に... ...続きを見る

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2018/06/29 11:00
2018.5.23加茂・湯浜
2018.5.23加茂・湯浜 加茂海岸灯台。 ...続きを見る

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2018/06/16 17:58
2018.6.22 由良海岸
2018.6.22 由良海岸 由良海岸 ...続きを見る

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2018/06/14 14:26
2018.5.22 羽黒山方面
2018.5.22 羽黒山方面 羽黒山神社五重塔 ...続きを見る

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2018/06/12 15:06
2018.5.20 中学クラス会
2018.5.20 中学クラス会 山形一中、新校舎訪問、日曜日にも関わらず、校長先生 新野彰先生のご説明をいただきました。 校舎は変わってしまいましたが、校歌は変わらず、「希望の鐘」はありました。 学校教育目標 ふるさとに誇りをもち 学び続ける人間の育成 ...続きを見る

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2018/06/02 11:40
2018-05-26神宮球場に集まりました
2018-05-26神宮球場に集まりました 高校仲間が神宮球場に集まりました。 左から、私浪岡、笠原さん、加藤さん、橋本さん、鈴木さん、5名です。 立教:東大を観戦してきました。 ...続きを見る

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2018/05/28 10:01
2018.5.19山形県護国神社
2018.5.19山形県護国神社  明治2年旧薩州藩大砲長、久永竜助以下十名の国事殉難の士慰霊のため創立する。同8年官祭山形招魂社と称する。山形市八日町に社殿を造営し、戊辰戦争、西南の役の戦没者を合祀する。同21年山形市宮町に遷座するが、同44年山形市大火の際社殿焼失する。  大正2年山形市薬師町に社殿を造営する。同7年、日清戦争、霧社事件、日露戦争、日獨戦争の戦没者を合祀する。  昭和8年山形県招魂社と改称し、同9年現在地に社殿を造営する。同10年満州事変の戦没者を合祀する。昭和14年山形県護国神社と改称する。... ...続きを見る

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2018/05/28 09:33
2018.5.1 聖観音寺
2018.5.1 聖観音寺 ...続きを見る

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2018/05/04 12:56
2018.5.1 椙森神社(日本橋七福神)
2018.5.1 椙森神社(日本橋七福神) 平安時代前期の931(承平元)年頃の創建とされる。 940(天慶3)年、俵藤太秀郷が平将門追討の折、当社に祈願したのち討伐を果たし、その報賓の証しとして白銀の狐像を奉納したという。 1466(文正元)年には太田道灌が雨乞いの祈願をしたところ霊験があり、京都伏見稲荷の伍社大神を勧請し配祠した。 さらに1661(寛文元)年、恵比寿大神を合祀している。 江戸時代には烏森神社・柳森神社とともに江戸三森の一つに数えられ、諸大名や庶民の崇敬を集め、花相撲や富興行等も数多く行なわれていた。 ... ...続きを見る

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2018/05/04 12:38
2018.5.1笠間神社(日本橋七福神)
2018.5.1笠間神社(日本橋七福神) 5代将軍徳川綱吉の御側御用人・牧野成貞は1681(延宝9)年、綱吉から下屋敷として拝領した土地(現在の久松警察署前の小川橋・蛎浜橋辺から隅田川に至る21,269坪)に広大な屋敷と庭園・泉池を設け、築山には稲荷・山王・八幡を祀っていた。 1747(延享4)年に成貞の長男・牧野貞通は、京都所司代から常陸笠間に転封されると、先例にならい胡桃下稲荷神社(茨城・笠間稲荷神社の別称)を祈願所とした。 常陸笠間藩第8代藩主・牧野貞直は1859(安政6)年、笠間稲荷の御分霊を江戸下屋敷内の現在地に合... ...続きを見る

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2018/05/04 12:28
2018.5.1 末廣神社(日本橋七福神)
2018.5.1 末廣神社(日本橋七福神) 末廣神社の概要 末廣神社は、中央区日本橋人形町にある神社です。末廣神社は、江戸時代の初期に吉原(当所葦原と称した)がこの地にあった当時(元和3年から明暦3年まで)その地主神、産土神として信仰されていたといい、明暦の大火で吉原が移転してからは、その跡地の難波町・住吉町・高砂町・新泉町の四ヶ所の氏神として信仰されたといいます。日本橋七福神の毘沙門天です。 ...続きを見る

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2018/05/04 12:10
2018.5.1松島神社(日本橋七福神)
2018.5.1松島神社(日本橋七福神) 松島神社の概要 松島神社は、中央区日本橋蛎殻町にある神社です。松島神社の創建年代は不詳ですが、口伝によると鎌倉時代の元享(1321)以前に、柴田家の祖先が下総の国からこの小島に移り住み、邸内に諸神を勧請したと推測されています。天正13年(1585)に邸宅を公開した際、島内が松樹鬱蒼としていたことから松島稲荷大明神と称され、江戸時代に当地付近が松島町と名付けられたといい、明治7年には松島稲荷神社として村社に列格していたといいます。日本橋七福神の大国神です。 ...続きを見る

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2018/05/04 11:57
2018.5.1水天宮(日本橋七福神)
2018.5.1水天宮(日本橋七福神) 水天宮の由来 赤松家を祖とする摂津有馬家は、応仁の乱の引き金となった嘉吉の乱の後に有馬の郷(現神戸市北区)に落ち延びて隠れ住み、その土地から姓を取って有馬と名乗りました。後年、太閤秀吉に見出されて中央に戻してもらいました。その幸運を授けて下さった有馬(有間)神社のご祭神である天御中主大神のご神徳を代々忘れぬよう、 有馬神社の社紋である三つ巴を有馬家の家紋としました。 現在でも、当主にのみ三つ巴の紋を付けることが許されております。 大名家としての有馬家は、元和6年(1620)に久留... ...続きを見る

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2018/05/04 11:48
2018.5.1 小網神社(日本橋七福神)
2018.5.1 小網神社(日本橋七福神) 小網神社御由緒  武蔵国豊島郡入江のあたりに万福庵という観世音と弁財天とを安置する庵がありました。この庵は恵心僧都の開基で、観世音と弁財天も僧都の作と伝えられています。開基の年代は明らかではありませんが、恵心僧都の歴史を考えれば、今からおよそ一千年前ということになります。  文正元年(西暦1466年)、庵の周辺で悪疫が流行し、人々は困り果てていました。そんななか、網師の翁が海上で網にかかった稲穂を持って庵を訪れ、数日間をこの庵で過ごしました。ある夜、庵の開基・恵心僧都が当時の庵主の夢... ...続きを見る

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2018/05/04 11:04
2018.4.25 大山阿夫利神社
2018.4.25 大山阿夫利神社  大山阿夫利神社(おおやまあふりじんじゃ)は、今から二千二百余年以前の人皇第十代崇神天皇の御代に創建されたと伝えられている式内社でございます。 古くから相模国は許より関東総鎮護の霊山としてご崇敬を集めて参りました。海抜一二五二米の山頂からは、祭祀に使われたと思われる縄文土器が出土しており、当山の歴史の古さを物語っております。 大山は、別名「あめふり山」とも呼ばれ広く親しまれてきました。このあめふりの名は、常に雲や霧が山上に生じ、雨を降らすことから起こったと云われ、古来より雨乞い信仰の... ...続きを見る

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2018/04/27 11:30
2018.3.29 不忍池弁天堂
2018.3.29 不忍池弁天堂 忍池弁天堂 平日というのにごった返していました。 桜は満開、良い天気 申し分ありません。 ...続きを見る

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2018/04/01 17:12
2018.3.29 寛永寺
2018.3.29 寛永寺 上野 寛永寺 ...続きを見る

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2018/04/01 16:48
2018.3.15 川崎稲毛神社
2018.3.15 川崎稲毛神社 ご創建 ...続きを見る

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2018/03/17 16:01
2018.2.28 高徳院(鎌倉大仏)
2018.2.28 高徳院(鎌倉大仏) 鎌倉大仏として名高い高徳院の本尊、国宝銅造阿弥陀如来坐像。 その造立が開始されたのは1252(建長四)年。制作には僧浄光が勧進した浄財が当てられたとも伝えられています。その後、大仏殿は台風や大津波のため倒壊し、室町時代の末までには、今の「露坐の大仏」になりました。 ...続きを見る

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2018/03/05 16:03
2018.2.28 長谷寺・鎌倉七福神
2018.2.28 長谷寺・鎌倉七福神 当山は、観音山の裾野に広がる下境内と、その中腹に切り開かれた上境内の二つに境内地が分かれており、入山口でもある下境内は、妙智池と放生池の2つの池が配され、その周囲を散策できる回遊式庭園となっております。また、その周辺にとどまらず、境内全域は四季折々の花木に彩られ、通年花の絶えることのないその様相は、「鎌倉の西方極楽浄土」と呼ぶに相応しい風情を呈しております。 ...続きを見る

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2018/03/05 15:46

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